作文部門
  

   最 優 秀 特 別 賞 (富山県知事賞)

お米から始まる一日

滑川市早月中学校 1年 岩城 穂乃花


  「じいちゃ〜ん。
 窓から声をかけると、 私の声に気付き手を振る祖父がいます。 私の家は兼業農家、 早朝から田んぼの水かげんを見てまわるのは、 祖父の日課です。
 私は小学校二年生の春、 初めて田植えをした時の事を今でも覚えています。 田んぼの中に足を入れた感触は、 ぬるっとしていて思ったより冷たかった事、 作業を始めると今度は泥に足をとられ、 しばらくすると腰が痛くなってきた事。 そして横を見ると、 手慣れた手つきでもくもくと苗を植えていく祖父がいました。 ふと、 祖父が私のそんな様子に気が付き、 「疲れたろ、 もういいよ。」 と声をかけてくれました。 その後も休むことなく、 田植えを続けている祖父を見て、 じいちゃん、 腰痛くないがかなぁ、 スピードが落ちることがなく、 まっすぐに植えられた苗が、 とてもきれいだと思いました。 そんな祖父が昨年の九月に胃の手術で入院することになりました。 手術が成功し見舞いに行くと、 少しほほがやつれ、 ほっそりとした祖父が点滴され、 ベットに寝ていました。 私や弟の顔を見ると、 まだ体力がないのに無理して起き上がって話し始めました。 ちょうど台風の後で、 やはり田んぼのことが気にかかっていたのでしょう稲はどのくらい倒れたかと聞かれ、 「全部、 倒れたよ。」 と言うと、 「あぁ、 そうか、 すごい風やったもんなぁ。」 と、 その後も 「あぁ、 そうか。」 と何度もつぶやいていました。 その姿はとてもさみしそうで、 がっかりした様子でした。 二度目の見舞いに行くと、 祖父は点滴ではなく、 おもゆを食べたとうれしそうに話してくれました。 おもゆは、 おかゆの上澄みの様なもので、 米の粒がない汁だと母が教えてくれました。 点滴ではなく、 自分の口から物を食べられた喜びが、 祖父の笑顔から充分に感じとれました。 そして早く、 退院して祖父の作った米で炊いたご飯を、 食べさせてあげたいなぁと思いました。 また、 その日は 「もう稲刈りは済んだか。」 と父に聞いていました。 私の家の田んぼは、 他の農家の方に稲刈りをしていただいているので、 父がまだ刈ってもらっていないと言うと、 どこの家も稲刈りで忙しいから、 早目に刈っていただくように連絡して、 お願いするように、 と祖父は言っていました。 私がもし、 病気で入院していたら、 きっと自分の病気の事しか考えられないだろうし、 田んぼの事なんて、 人ひと事ごとだろうな、 と思いました。
 毎日、 おいしい白いご飯を食べられるのはこうして祖父が愛情を持って、 手をかけて作ってくれているおかげだと、 改めて思いました。
 雨の日も風の強い日も、 朝早くから田んぼの仕事をかかした事がありません。 暑い夏の日も肌寒い春先も、 情熱を持って米作りに取り組んでいる祖父を、 私はとても尊敬しています。
 また、 私の名前の 「穂乃花」 という由来は、 生まれた日が九月十四日で入善の産婦人科病院で生まれました。 病院の周りは、 一面田んぼで、 とてものどかな場所だと母から聞いたことがあります。 病室からは黄金色に実った稲穂が力強く秋風にゆられている風景が、 とても印象的だったそうです。 あの稲穂のように力強く、 元気に育つようにという願いを両親が込めて、 稲穂の 「穂」 という漢字をつけたそうです。 その名の通り、 今まで大病もせず、 元気に育っています。
 我家の朝食の主食はご飯です。 「白いご飯が1日の始まり、 家族全員のエネルギーの源です。 毎日、 おいしいご飯を食べられる事に私は感謝の気持ちを忘れてはいけないと思いました。

   最 優 秀 賞 (教育委員会賞)  1部 (小学校低学年の部)

ごはんとぼく

舟橋村立舟橋小学校 1年 滝澤 悠


 ぼくはごはんがだいすきです。
 ぼくはあかちゃんのときあまりごはんをたべませんでした。
 だからすぐにかぜをひいていました。
 ごはんにふりかけやなっとうをかけてたべるのもすきだけどしろいごはんがすきです。
 ぼくはいつも6じまでがくどうほいくしょでともだちとあそんでいます。
 おかあさんがむかえにくるとすぐに
  「きょうのごはんなに。」
 とききます。
 ごはんとすきなおかずをきくとやったーとうれしくなります。
 あさごはんはかならずたべてからがっこうにとうこうします。
 おかあさんはぼくがしっかりべんきょうやうんどうができるようにとおもいながらあさごはんをつくってくれます。
 あさあたたかいごはんがテーブルによういしてあるときもちまであたたかくなります。
 ごはんをしっかりたべているのでからだがじょうぶになりました。
 しょうがっこうにいってからちからもついてうんていとすいえいができるようになりました。  1がっきはいちにちもやすみませんでした。 ぼくはおおきくなったらこんちゅうはかせになりたいです。
 むしのけんきゅうのためにがいこくにいったりもりのなかにはいっていけるじょうぶなからだをつくるためにしっかりごはんをたべます。

   最 優 秀 賞 (教育委員会賞)  2部 (小学校高学年の部)

ごはんと私

上市町立宮川小学校 4年 小泉 昌也


  「はしの持ち方悪いぞ。」
  「ヒジ付いている。 しせい悪いぞ。」
 あーあ、 また始まった。
 ごはんのたびにいつもお父さんの注意が、 始まる。
  「ちゃんと持ってるもん。」
  「いいじゃん別に。」
 ぼくもいつもの返事をして、 しかられます。
 そんなある日、 お父さんが仕事のつ合で、 単身ふにんすることになりました。
  「そうじと、 洗たくはなんとかなるけど、 ごはんはどうしようかな。」
 お母さんと、 相だんしていました。
  「今は、 無洗米なんて、 べん利なものがあるじゃない。」 とお母さんに言われ、 お父さんは、 無洗米という、 水で洗わなくてもいい、 べん利な米を買いこんでいきました。
 お父さんのいない食たくは、 何だかしずかでちょっと変な感じがしました。
 お母さんが、 「何だか、 ごはんがあまっちゃうな。」 と言っていました。
  「そりゃそうだろ。 お父さんいないんだから。」 と言うと、 「でも、 お父さんだったら、 ちょっと残りそうだったら無理してでも、 食べてくれたから、 助かったのにな。」
 ぼくは、 ぜったい無理だぞと思いながら、 そういえば、 お父さんが、 ごはん残しているの見た事ないなと、 いまさら感しんしました。 ぼくはというと、 食べたい時には、 食べるけど、 あんまりおなかがすいていない時には、 茶わんに半分ほどごはんを残して、 「もうダメ、 おなかいっぱい、 食べれん。」 と平気で残していました。 あの残したごはん、 そのまま、 ゴミ箱にすてられてしまう事もありました。
 何だか、 少し後かいしました。 今度からは、 残さず食べるぞと思いました。
 週末になると、 お父さんが、 帰ってきます。 お母さんは、 ごはんをいっぱいたいています。 食たくに並べられた茶わんから、 モクモクゆげが上がっています。 ぼくは、 一口食べて 「熱いよ。 熱くて食べられないよ。」 ともんくを言いました。 するとお父さんが、
  「何言ってるんだ、 このたきたてのごはんは最高にうまいぞ。」
  「でも、 熱いよ。」
  「やっぱ、 たくさんでたいたごはんは、 うまいな。 味がぜんぜんちがう。」
 なんとなく、 そんなやりとりをしているうちに、 ぼくもどんどんごはんを食べていました。
 「はい、 おかわり、 お前もか。」 とお父さんに言われ 「うん。」 といきおいよく茶わんを出しました。
 にぎやかな食たく、 ごはん好きのお父さん。 ぼくも、 もっともっとごはんを好きになって楽しい食たくにしたいと思いました。

   最 優 秀 賞 (教育委員会賞)  3部 (中学生の部)

祖母とお米

高岡市立高陵中学校 2年 畑 美里

  
 毎朝私は、 主食はパンを食べていた。 お米はあまり好きではなく、 出されていてもたいてい残してしまうからだ。 でも、 そんな私のお米嫌いを変えた出来事がある。
 それは夏休みの初め、 私が金沢の祖母の家に泊まりに行った時の事だ。 私の祖母は、 とてもきちんとした人で、 気まじめな性格だ。 主食であるご飯を残した私に、 「どうして残すの、 ちゃんと食べなさい。」 としかったが、 私は、 「ご飯なんて、 いつでも食べてるしまぁいいや。」 と祖母の言葉を聞こえなかったふりをしてご飯を残してしまった。 それを見た祖母に注意されると思ったのだが、 意外にも祖母は怒らず一瞬気落ちして淋しそうな目で私を見つめた。 怒られずに、 戸惑っていると祖母は何かを悟った様子でやさしい表情で自分の幼少の話を始めた。 それは戦争中の話だった。
 戦争中、 小さい子供だった祖母は、 食べる物がなく、 めったに白米は食べる事がなかったそうだ。 おイモの入った水っぽいおもゆばかり毎日食べさせられてうんざりした事。 真っ白でツヤツヤ光る白米が食べたくて、 一しょう瓶に玄米を入れ、 棒でついて白米にして食べたこと。 子供の頃の日々を思い出したのか、 話しながら祖母の目にうっすら涙が浮かんでいた。 それを見て私はズキンと心が痛んだ。 私は空腹という体験をしたことすらない。 炊きたての湯気の上がった白いご飯が毎日当たり前に食卓に並んでいる。 しかし、 「それが当たり前でなく全く出て来なくなったらどうだろう。」 と、 ふと考えてみた。 来る日も来る日もご飯が食べられなくなったら。 私は、 お米の一粒一粒がとても大切なものだという事を思い知らされた気がして、 今までの自分の軽い考えやごう慢な態度が恥ずかしく申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
 次の日、 私は祖母に五時に起こされ、 庭の草むしり、 ろう下のぞうきんがけ、 窓ふきなどをするように言われた。 早起きした上、 あれこれと仕事をしてヘトヘトになり、 久しぶりにおなかが空いてきた。 何か食べたいなぁと思っていたところに、 祖母がおにぎりを一つ持って来てくれた。 それは、 梅干しものりもついていない、 塩味だけのただのにぎり飯だった。 ところがほおばってみると、 涙が出るほど美味しかったのだ。 いつもなら、 シャケやたらこなどといった、 色んな具の入ったおにぎりが普通だ。 こんな具のないおにぎりには何の魅力も感じないはずなのに何故こんない美味しいのだろう、 と不思議に思った。 確かに空腹のせいでもあるだろう。 しかし何より、 昨日祖母から教わったお米のありがたさが身にしみたからではないだろうか。
 それ以来、 私は出されたご飯は残さないようにお米の一粒一粒に感謝して食べられるようになった。
  「お米の一粒の中に七人の神様がいるんだよ。」 と祖母は優しい笑顔で話してくれた。 では、 私は今まで何万人の神様を平気で捨てていたのだろうか。 もうそんなバチ当たりな事はしないと心に誓った。 その事にさりげなく気づかせてくれた厳しくも優しい祖母に心から感謝をし、 これからはお米をありがたく美味しく食べていきたいと思った。
 おにぎりのお皿を祖母と一緒に洗いながら、 私の心は何だか炊きたてのご飯の様にほのぼのと温かかった。